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大崎周辺の古墳

大崎周辺の古墳
 大日古墳のような大きな古墳はありませんが、西目山の南西にたくさんの古墳があります。右田・高井周辺の古墳と同様に佐波川の岸に広がる集落の墓地だったのでしょう。
大崎周辺の古墳
 
大崎岡[おおさきおか]古墳

 県立中央病院と自由ヶ丘の間に2基の古墳があります。そのうち1号墳は開発によってこわされましたが、2号墳は形の残りがよかったので、開発は取りやめられ、今でも現地に残されています。1号墳・2号墳ともに墳丘のまわりには周溝[しゅうこう]という溝がめぐっており、石室の床には石がしかれていました。
大崎岡2号墳
羨道から見た玄室
大崎岡2号墳
羨道から見た玄室
奥正権寺[おくしょうごんじ]古墳

 直径10mほどの円墳で、周りには溝がめぐっていました。7世紀に造られたものですが、奈良時代の最初ごろまで、一度使った玄室の床をきれいに掃除して、別の死者をほうむる追葬[ついそう]が行われていたようです。
 残念なことに、自由ヶ丘建設のため、こわされてしまいました。
発掘調査時の奥正権寺古墳
発掘調査時の奥正権寺古墳
江良弘法山[えらこうぼうやま]古墳群

 ほとんど形を残していない古墳ですが,玄室の中から人骨の破片や歯の一部が見つかっています。また、刀や刀子[とうす]・やじりなどの鉄製品が多く見つかりました。
鉄剣が見つかった古墳
古墳の中から見つかった鉄剣
古墳の中から見つかった鉄剣

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