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築地地区

国司館

小さな穴は建物の柱の跡  地方行政の中心としての政庁は、ずっと同じ場所にあったわけではありません。平安時代になると国司の力が強くなり、政庁はおざなりになっていきます。そして、政治の中心は役人の住む国司館へと移ります。平安時代後半の国司館−政務の中心地−があった場所が築地[ついじ]地区なのです。本来は政庁の北側に国司館がありましたが、新しく築地地区に造られたのかもしれません。
 平安時代の後半というと、清原元輔[きよはらのもとすけ]が周防国の国司として訪れた時代です。娘の清少納言[せいしょうなごん]もいっしょに訪れていますから、築地地区に住んでいたかもしれません。
 発掘調査の現場を上空からながめてみると、小さな柱穴がきれいに並んでいるのがわかります。役所の建物は、規則正しく並んで造られることが多いのです。
小さな穴は建物の柱の跡
杭が立っているところが建物の跡 整然と並んでいるのがわかる
杭が立っているところが建物の跡
整然と並んでいるのがわかる

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