山陽道
都より全国へとのびる道のうちの1つが山陽道です。都から瀬戸内海沿いに西へ向かい、関門海峡へと続きます。7つの大きな道の中でも、都と九州の大宰府[だざいふ]を結ぶので、特に重要な道でした。役人が通行したり、命令を伝達する使いが通行したりする一方で、一般の民衆にとっては税を納めるための通路でした。調[ちょう]や庸[よう]の納入や肉体労働のために都まで野宿をしながら歩いていかなければいけなかったのです。
道沿いには駅家[うまや]が置かれ、宿所や馬のきゅう舎を役人は利用することができました。防府には勝間[かつま]と大前[おおさき]の駅がありましたが、889年に大前駅家[おおさきうまや]は廃止になっています。具体的な場所はわかっていませんが、外国の使節にそなえて、瓦ぶきで白壁造りの建物と決められていました。
山陽道は役所のある国府の近くを通ることは確かで、旧国道2号線の一部が山陽道ではないかと考えられています。政庁の近くで山陽道の位置は北に移動し、国分寺・防府天満宮・宮市と通り、大崎から佐波川を渡ります。
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