古墳時代に引き続いて、土師器と須恵器を食器や容器として使います。ですが、律令の社会では、役人の位で使える器が違っていました。上流階級は金属の器やうるし塗りの器でしたが、普通の役人は須恵器や土師器を使っていました。周防国府の場合は、末田の須恵器窯などで須恵器を作り、食器として使っていました。土師器には表面をみがいて、模様があるように見せるものもあります。 しかし、時とともに須恵器はどんどん減っていき、平安時代の中頃には土師器が主流になります。土師器も、みがき模様はなくなって、より実用的なものになっていきます。