菅原道真
菅原道真(松崎天神縁起より)
菅原道真がたどりついたと言われる御旅所
9世紀になると、都では藤原[ふじわら]氏の一族が力をつけていきます。藤原氏に対抗して天皇に用いられたのが、菅原道真[すがわらのみちざね]です。
しかし、道真は藤原氏によって大宰府[だざいふ]に左遷されてしまい、途中で同じ一族の土師[はじ]氏が国司をしている防府に立ちよりました。船でたどりついた場所が「
御旅所[おたびしょ]
」だと言われています。
道真が防府を出発する際に、自分が死んだらたましいはこの地に戻ってくるだろうと語りました。道真が大宰府で亡くなった時、勝間[かつま]の浦には光が立ちのぼり、酒垂山[さかたりやま](天神山)には紫色の雲がたなびいたと言います。人々は道真のたましいが戻ってきたのだと語り、土師氏は酒垂山に道真をまつる社をつくり、その社が松崎天神[まつざきてんじん]だと言われています。
現在、防府天満宮に納められている鎌倉時代末期の『松崎天神縁起[まつざきてんじんえんぎ]』の第6巻には、上記のような防府天満宮ができたいきさつが描かれています。
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