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室町時代

西暦
事柄
1333     鎌倉幕府滅亡
1335 大内弘幸が玉祖神社を再建する
1336 清尊・教乗が敷山験観寺に立てこもる
1338     足利尊氏が征夷大将軍になる
1355     大内弘世が周防を平定する
1392     南北朝の統一
1404     勘合貿易がはじまる
1417 周防国分寺焼失
1421

大内盛見が金堂を再建する
1462     雪舟が山口を訪れる
1467     応仁の乱
1472 周防国庁焼失
1484

阿弥陀寺焼失
1526 松崎天満宮焼失
1530 大内義隆が松崎天満宮を再建する
1551     陶晴賢が反乱を起こし、大内義隆自殺
1555     毛利元就が厳島で陶晴賢を倒す
1565 阿弥陀寺仁王門倒壊
1569 大内輝弘が山口に攻め込むが、
              富海の茶臼山で自殺
1573     室町幕府滅亡
1585     豊臣秀吉が関白になる
1588     毛利氏が周防国の検地を行う
1597 毛利輝元が国分寺の仁王門を再建する
 鎌倉幕府[かまくらばくふ]がほろび、新たに後醍醐[ごだいご]天皇による政治が行われます。しかし、足利尊氏[あしかがたかうじ]が天皇に背く兵を挙げ、南北朝時代[なんぼくちょうじだい]へとうつります。山口県での南北朝時代の幕開けとなったのが、敷山[しきやま]敷山城跡へでの戦いでした。
 大内[おおうち]氏が本格的に勢力を伸ばしはじめたのも、この南北朝時代になってからです。周防国府[すおうこくふ]の1役人だった大内氏が周防[すおう]・長門[ながと]の両国、そして周辺の国も支配するようになっていきます。
大内氏の繁栄へ

 

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