三田尻宰判
宰判[さいばん]は萩藩独特の行政区分で、今でいう郡にあたります。萩藩は18の宰判に分けられ、それぞれに勘場[かんば]と呼ばれた役所が置かれていました。
防府市域のほとんどは三田尻宰判にあたり、勘場は三田尻御茶屋[みたじりおちゃや]のとなりに置かれましたが、後に岡村院内[おかむらいんない]にうつされました。
中関にも18世紀の後半の一時期、塩作りを広めるために中関宰判[なかのせきさいばん]が置かれていたこともあります。しかし、中関が順調に発展したため、わずか16年ほどしか宰判は置かれませんでした。
また、防府の中でも台道は小郡宰判[おごおりさいばん]に、富海と野島は支藩の徳山藩[とくやまはん]に属していました。
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