防府仮想歴史博物館 ほうふWeb歴史館もどるすすむトップ用語辞典
幕末維新 近世 現代 近代 中世 奈良・平安時代 古墳時代 弥生時代 縄文時代

富海

絵図に描かれた富海
絵図に描かれた富海
 
富海の町並み。道は旧山陽道 以前は海に面していた

富海の町並み。道は旧山陽道

 

以前は海に面していた

 

富海本陣跡 現在の富海港
富海本陣跡 現在の富海港
 

 富海は1621年(元和7年)、支藩の徳山藩の領地となりました。町人が治める「富海町」として、富海の真ん中には山陽道が通っており、中市地区には宮市の宿場よりは規模の小さい「富海宿[とのみしゅく]」が置かれて、大名行列の休息や少ない人数の宿泊に使われました。
 富海には飛船[とびふね]という大型の帆をはったスピードの速い小型の船があり、大坂をはじめ、瀬戸内海沿岸や九州へ人や荷物を運んでいました。利用が盛んになるにつれて飛船の数も増加し、明治の初めには、その数は60せき以上になっていました。
 飛船は、江戸時代の終わりごろには志士[しし]たちの移動に使われることも多く、吉田松陰[よしだしょういん]や高杉晋作[たかすぎしんさく]も飛船を利用して京都や大坂に渡りました。また、時には志士が飛船問屋にかくまわれることもありました。

このホームページ内で提供される
テキスト、資料、写真、グラフィックス、データ等の
無断使用を禁じます。
Copyright 2002,Hofu Virtual Site Museum,Japan