御茶屋[おちゃや]は、藩主の参勤交代や藩内の視察、また、来客の応対などに使われた建物です。
三田尻御茶屋は、1654年(承応3年)に萩藩2代藩主・毛利綱広[もうりつなひろ]によって、萩往還につくられた御茶屋の1つとして建てられました。
7代藩主・毛利重就[もうりしげたか]の時には、藩主をしりぞいた後に御茶屋に家族とともに移り住んでいたこともあります。その時に改築されて、敷地が一回り大きくなり、「三田尻御殿[みたじりごてん]」と呼ばれていた時期もありました。
1851年(嘉永4年)、13代藩主・毛利敬親[もうりたかちか]が改築を行って、三田尻御茶屋は現在の規模に近いものになりました。明治以降も毛利家の別邸として使われていましたが、1939年(昭和14年)に防府市に寄付され、防府を大きく発展させた毛利重就の法名から「英雲荘[えいうんそう]」と名づけられています。