一門の厚狭毛利[あさもうり]氏が1717年(享保2年)に築きたてた中野開作[なかのかいさく]のうち、南側の一部を1738年(元文3年)に塩田としたのが中浜です。 中浜には当初18町(約18万m2)、13軒の塩田がありましたが、税金が重かったため、製塩をやめる浜主が出て、一時は数軒にまで減ってしまいました。その後、中浜のある中野開作は藩の土地になり、藩は浜主の負担を軽くしたため、塩田はどうにかもとの13軒に戻りました。