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江戸時代の防府天満宮

大専坊跡
大専坊跡
 
円楽坊跡
円楽坊跡
 

 

 防府天満宮の正面鳥居付近には、江戸時代より前から9つの社坊[しゃぼう]があり、すべてをあわせて酒垂山万福寺[さかたりやままんふくじ]といいました。そのうち、社坊の筆頭の地位にある別当[べっとう]坊の大専坊[だいせんぼう]や、執行[しゅぎょう]坊の円楽坊[えんらくぼう]が天満宮の年中行事や運営、建物の修理や造営などを取りしきっていました。江戸時代までは、神仏習合[しんぶつしゅうごう]という日本独自の神仏に対する考え方をもとに、神社の中に寺院があって、年中行事を寺院と共同でとりおこなう形をとる神社が各地にあったのです。
 しかし、明治時代なると、廃仏毀釈[はいぶつきしゃく]という仏教を排除しようという考えが広まり、防府天満宮の社坊は明治の初めにすべて廃止されました。その中でも、大専坊だけは防府天満宮に買い上げられたため、現在も建物が残されています。
   
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