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国庁寺

史跡公園に立つ石碑
史跡公園に立つ石碑
阿弥陀寺の本堂の前にある瓦ぶきの門
阿弥陀寺の本堂の前にある瓦ぶきの門

 周防国府[すおうこくふ]は、平安時代の終わりに東大寺の領地になり、戦国時代に周防[すおう]・長門[ながと]の2国が毛利氏の支配となった後も、現在の国衙地区を中心とする「土居八町[どいはっちょう]」と呼ばれた土地が東大寺の領地として認められていました。
 しかし、江戸時代初めの改革によって土地の大部分は萩藩にとり上げられ、その代わりに、国府の現地管理人である候人[こうにん]には藩より米が支給されることになりました。この後、東大寺側は萩藩に対して土地を返すよう求め続けましたが実現せず、周防国府は東大寺が支配するお寺・国庁寺[こくちょうじ]として残り、東大寺の領地も国庁寺の境内地だけになりました。しかし、その国庁寺も、1872年(明治4年)になくなり、現在は残っていません。
 現在、史跡公園に立つ石碑は、1860年(安政7年)に侯人達が立てたものです。また、阿弥陀寺の本堂の前にある瓦ぶきの門は、廃寺になった後に国庁寺から移されたものです。



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