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種田山頭火生誕地
「漂泊[ひょうはく]の俳人」と呼ばれている種田山頭火[たねださんとうか]は1882年(明治15年)に防府で生まれました。故郷を離れて僧侶となったのち、1940年(昭和15年)に松山市(愛媛県)で亡くなるまで、全国各地を歩いて旅をしながら数多くの俳句を作りました。
彼の俳句は、心にうかんだ言葉や思いを五・七・五の俳句の形や季語にとらわれずにそのまま句にしたもので、自由律俳句[じゆうりつはいく]と呼ばれています。彼の詠んだ句には「ふるさとの学校のからたちの花」「雨ふるふるさとははだしであるく」「うまれた家はあとかたもなくほうたる」のように、ふるさとに特別な思いをよせた句が多くみられます。遠く離れた土地を旅していても、彼の心の中にはいつも、ふるさとである防府があったのでしょうか。
現在、市内の各所には山頭火をしのばせる場所や、彼の句が刻まれた句碑[くひ]があります。また、防府市地域交流センター(アスピラート)には山頭火の展示コーナーが設けられています。
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