幕末に大きな働きをした奇兵隊[きへいたい]や遊撃隊[ゆうげきたい]などの諸隊について、維新後、藩では諸隊を解散して、新しく隊員達の中から人を選んで、常備軍[じょうびぐん]を作ることにしました。
しかし、隊員たちは元いた場所に戻っても、生活のあてのない者がほとんどで、さらに、藩を守るべく一生懸命戦ったにもかかわらず、一部の者だけが常備軍に取り立てられることへの不満もありました。
遊撃隊の幹部が藩に嘆願書[たんがんしょ]を出しましたが認められず、1870年(明治3年)、宮市に集結した諸隊の隊員達が勝坂に立てこもり、木戸孝允[きどたかよし]の命令で出動した藩側の軍隊と戦いになりました。これが脱隊騒動[だったいそうどう]です。
戦いは、反乱を起こした諸隊の隊員達が敗れて終わりましたが、天徳寺[てんとくじ]やその周囲の家が焼け、多くの人々が死傷しました。また、反乱に関わった人々はその多くが重い罰を受け、彼らが許されるまでには、それから長い年月が必要でした。