富海史談会
1.代表者
富海史談会 会長 出穂稔朗
2.事務局(問合せ窓口)
富海公民館
位 置 防府市大字富海1203−1
電 話 0835−34−0034
3.刊行物の紹介
『史跡でめぐるふるさと富海 』(平成12年発行)
(主目次)
古代・中世・関ヶ原合戦以後・江戸時代・幕末騒然とした富海/富海民謡/山陽道の一里塚/打石/富海の人口の移り変わり
※ 地区内の24か所について写真と解説を掲載。別刷りとして所在地図を添付
4.地域の紹介
富海は漁業や海運業など古くから海に関係の深い土地です。氏神様[うじがみさま]の国津姫神社[くにつひめじんじゃ]には海の女神をおまつりしてあります。言い伝えにも景行天皇[けいこうてんのう]や神功皇后[じんぐうこうごう]が船で立ち寄られたことに関係していると伝えられる名字や臼[うす]があります。史跡は中世では光福寺薬師堂[こうふくじやくしどう]、毛利時親[もうりときちか]の墓、大内輝弘[おおうちてるひろ]の墓、内藤元珍[ないとうげんちん]自刃の滝谷寺[りゅうこくじ]などがあります。近世では、中山忠光[なかやまただみつ]をかくまった大和屋[やまとや]の土蔵、船宿入本屋跡[ふなやどいりもとやあと]の伊藤・井上両公上陸遺蹟[いとう・いのうえりょうこうじょうりくいせき]などがあります。江戸時代の富海港は飛船[とびふね]と呼ばれる主に大阪通いの便船[びんせん]の基地でした。飛船は多いときには60隻くらい活躍していました。漁業ではイワシ網が盛んで、網元が4軒ありました。また、海岸は古くから富海海水浴場として多くの市民の方に親しまれています。
5.活動状況の写真 歴史探訪会
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