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牟礼郷土誌同好会
1.代表者
牟礼郷土誌同好会 会長 吉武保男
2.事務局(問合せ窓口)
牟礼公民館
位 置 防府市大字江泊1802−1
電 話 0835−22−9927

3.刊行物の紹介
『ふるさと牟礼』創刊号(昭和54年発行)〜 第8号(平成8年発行)
(主目次)
創刊号 文献による牟礼の歴史(新旧地図/郷土の歴史年表/古代・上代・中世・近世・明治以後の牟礼/文化財)/古老に聞く牟礼の郷土誌(坂本・浮野・堀越・江泊・岸津地区)
第2号 古老に聞く牟礼の郷土誌(岩畠・敷山・坂本地区)/牟礼地区における部落信仰と講組織/牟礼地方の方言
第3号 古老に聞く牟礼の郷土誌[その3](牟礼南部地区の変遷/沖ノ原・沖今宿・大内・築留地区)
第4号 古老に聞く牟礼の郷土誌[その4](木部・柳・中西・酢貝・今宿地区)
第5号 古老に聞く牟礼の郷土誌[その5](末田・前町地区)/研究・調査・統計
第6号 阿弥陀寺開創記念大法要/春日神社御鎮座800年式年大祭/村上水軍の足跡を訪ねて/敷山須恵器窯について/牟礼地区の薬草[その2]
第7号 牟礼地区の石造物概況/種類別石造物の分布と特色ある石造物
第8号 [戦後50周年記念号]会員が語る戦争体験記/調査・統計・研究
『十周年記念特集号』 (平成元年発行)
『ニ十周年記念特集号』 (平成10年発行)
『史跡めぐり牟礼』 (平成2年発行)
『歴史の道山陽道』(浮野峠)(平成3年発行)
4.地域の紹介
 大平山山麓に広がる牟礼地域は古くから人が住み、地名も牟礼郷[むれごう]として古文書[こもんじょ]に残されており、山麓周辺には古墳をはじめ、数多くの遺跡や文化財がある。また、古くから山陽道[さんようどう]が東西に通り、勝間の駅家[かつまのうまや]、江泊水駅[えどまりみずえき]と古代から海陸交通の要地でもあった。 牟礼坂本には、名僧であった俊乗坊重源上人[しゅんじょうぼうちょうげんしょうにん]が建立された古寺、東大寺別院周防阿弥陀寺[とうだいじべついんすおうあみだじ]があり、国宝の鉄宝塔[てつほうとう]を始め、数多くの文化財が保存されており、現在、あじさい寺として有名である。矢筈ヶ岳八合目[やはずがだけはちごうめ]には、敷山城跡[しきやまじょうあと](国指定重要文化財)があり、毎年8月2日地元保存会において慰霊祭[いれいさい]がおこなわれている。
 近世に入ると山陽道も今宿[いまじゅく]の一里塚[いちりづか]、往還松[おうかんまつ]と整備され、浮野[うけの]の町も半宿[はんじゅく]として栄え、山陽道も旅人でにぎわった。平成2年、荒廃化していた山陽道浮野峠を復元整備し、現代「歴史の道山陽道」として保存活用されている。
 毛利藩が防府の干拓事業に力を入れ発展する頃、牟礼の海岸線も干拓事業も始まり土地も大幅に広くなった。生産面においては、牟礼地域は古くから農業を主体とした農村地域であった。そのほか江泊塩田[えどまりえんでん]の塩田事業、堀越・末田焼[ほりこし・すえだやき]の窯業[ようぎょう]、いずれも明治、大正時代を最盛期として次第に衰退してきた。
 このように牟礼地域は古くから人が住み開けた地域で歴史も古く史跡、文化財も数多く残されている。この牟礼地域も昭和40年代に入ると、防府市の近郊住宅地として、地域開発が進み地域の様相も一変してきた。このような地域開発に伴い、失われて行く遺跡民俗資料の保存愛護のため、昭和52年8月牟礼郷土誌同好会が発足した。

5.活動状況の写真 体験学習「民具」

体験学習「民具」体験学習「民具」

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