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新田の歴史を掘り起こす会
1.代表者
新田の歴史を掘り起こす会  副会長  種田武夫
副会長  村上弘文
2.事務局(問合せ窓口)
新田公民館
位 置 防府市大字浜方182−6
電 話 0835−38−2501

3.刊行物の紹介
『ふるさと新田』 創刊号(昭和62年発行)〜 第6号(平成9年発行)
(主目次)
創刊号 新田の歴史(新旧地図・年表)/総論/開作/行政/産業/教育文化
第2号 石造物特集/教育文化
第3号 水害特集
第4号 大会所の変遷について/北前船について/上荷船について/向島と問屋口の渡船について
第5号 厳島神社の神事/方言/武家の服装/わらべ歌
第6号 10周年特集(石橋について/わらべ歌/史跡探訪)
※ スライド 新田の今昔88枚(新田公民館保管)

4.地域の紹介
海の中に作られた大開作 新田
 今から約300年前は、鞠生松原[まりふのまつばら]は海岸であり、南に向島、南西に田島が海の中に浮かんでいて、私達のふるさと新田地域は海の底であった。
 元禄[げんろく]12年(1699年)毛利藩[もうりはん]では、大規模な公儀開作[こうぎかいさく]として面積270町歩、工事にたずさわった石工・人夫の数、延べ7万余人で、8月6日の鍬[くわ]始めから80日余りの閏[うるう]9月28日に最後の潮留[しおどめ]が行われ、こうして最も大きい干拓三田尻大開作[みたじりおおかいさく]が完成し、ここに新田地域が誕生したのである。
 南側に塩田、北側は農地として、昭和の初期までは、私達の祖先は苦労して守ってきたが、時代の流れと共に変革し、塩と共に栄えた新田地域は塩田廃止という運命に立ち至るも、塩田跡地は、市民のスポーツの場として、また、工業団地の中心として生まれ変わっている。

5.活動状況の写真 ふるさとの歴史を学ぶ

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